「カシオペアの丘で」書評|重松清の魅力が詰まっている!

「カシオペアの丘で」書評|重松清の魅力が詰まっている!

「カシオペアの丘で」重松清

「カシオペアの丘で」(著:重松清)は、単行本が2007年5月31日発売。文庫本は2010年4月15日発売。本作は第5回本屋大賞(2008年4月発表)で第10位にランクインしています。

あらすじ

上巻
丘の上の遊園地は、俺たちの夢だったー。肺の悪性腫瘍を告知された三十九歳の秋、俊介は二度と帰らないと決めていたふるさとへ向かう。そこには、かつて傷つけてしまった友がいる。初恋の人がいる。「王」と呼ばれた祖父がいる。満天の星がまたたくカシオペアの丘で、再会と贖罪の物語が、静かに始まる。

下巻
二十九年ぶりに帰ったふるさとで、病魔は突然暴れ始めた。幼なじみたち、妻と息子、そして新たに出会った人々に支えられて、俊介は封印していた過去の痛みと少しずつ向きあい始める。消えてゆく命、断ち切られた命、生まれなかった命、さらにこれからも生きてゆく命が織りなす、あたたかい涙があふれる交響楽。

「BOOK」データベースより

「カシオペアの丘で」書評|重松清の魅力が詰まっている!

この作品は重松清の魅力が詰まっている小説だと思います。

ネタバレしない程度に、この作品をもう少し詳しく見ていきましょう。

冒頭…
ときは1977年。舞台は北海道北都市。炭鉱の町として発展をとげてきた地方都市。

小学生4人(シュン、トシ、ミッチョ、ユウ)は惑星探査機ボイジャーを見つけようと、家を抜け出し、とある丘に集合。その場所を『カシオペアの丘』と名付けた4人。大人になったら遊園地を作ろうと約束して…

時が経過。みんな40歳になろうとしていました。

カシオペアの丘と名付けた遊園地はできたものの、赤字が続いていて、取り壊しが決まっています。遊園地の管理は、トシがしています。トシは車椅子生活です。トシの奥さんとなったミッチョは着ぐるみで手伝っていました。そのとき、ある女の子とその家族と写真を撮りました。

後日、東京で起きた女の子の殺人事件がニュースで流れます。ミッチョはあのときの女の子だと思い出しました。

ユウは東京でテレビのディレクターになっていたため、カシオペアの丘遊園地へ取材を申し込みます。

一方、東京にいるシュンは結婚し、息子は小学4年生。肺がんの末期で、余命宣告を受けていました。

そして、昭和四十二年の炭鉱での事故もからみあい・・・。

全体を通して、「ゆるす」とは、「ゆるされる」とは何かを問う作品になっています。

重松清さんは、本書と『かあちゃん』および『十字架』で「ゆるすことについての三部作」としているそうです。

しかし特に本書が、重松清の集大成といえると思いますし、そう言ってしまいたくなる理由があります…

映画にもなった「その日のまえに」で、余命の告知を受けた妻と家族の物語を描きました。この本はテレビ番組「王様のブランチ」で大賞になった作品。内容的には今作「カシオペアの丘」のシュンのエピソードが該当してますね。

「かあちゃん」では、同僚を巻き添えに、自らも交通事故で死んだ父の罪を背負い、生涯自分に、笑うことも、幸せになることも禁じた母親を中心とした群像劇。
「十字架」では、いじめを苦に自殺した友人に遺書で「親友」と書かれた少年や家族の物語が描かれています。
…今作「カシオペアの丘」では、いじめ問題は取り上げられていませんが、トシが車椅子になった原因として、シュンが関わっています。友人同士の許す・許されが描かれています。そして「かあちゃん」の罪を背負うというテーマにもつながっています。

余命宣告、罪と許し、という重松さんがこれまで描いてきたテーマが「カシオペアの丘」にもあります。

加えて、地方都市のことも、重松さんはよく題材にしますよね。ノスタルジックな気持ちにさせる物語の運びは秀逸です。

最後に筆者がもっとも印象に残った箇所を引用してみますと…

死んだ人がそっちの世界でおだやかに笑っていられるかどうかは、その人の死に方や生前の暮らしによって決まるのではなく、のこされたひとたちが幸せになっていれば、死んだ人も幸せになれる。神さまがそんなルールをつくってくれていれば、いいな。

文庫本下巻389ページ

昼間は星が見えないけど存在しているように、パパも息子のことを見守っている・・・みたいな文章が出てくるのですが…

死ぬってこわいですよね。でも、いつか死んでしまいます。

そのとき、のこされた人のことを思ってしまいますし、のこされた方も死んだ人のことを思ってしまいます。

そんな中、死んだ人も幸せになれるルールがあるって思えたら、前向きに残された人は生きようと思えます。

俳優・三浦春馬さんが亡くなったとき、親友の城田優さんがInstagramで「僕らがずっと下を向いていても、春馬は喜びません。安心してゆっくり休む事もできません。だからどうか、少しずつでいいので、前を向いて生きましょう」と呼びかけました。

死んだ人が喜ぶかどうか、安心するかどうかは、あの世が見えないので分からないのですが・・・「死んだ人も幸せになれるルール」と意味は近いのかな?と思います。

ほかに、許すことについての深いエピソードもあるので、読んでみて欲しい作品です。特に、「王」と呼ばれた祖父のとあるシーンは映像で見て見たいのですが、映画・ドラマスタッフさん実写化いかがでしょうか。(笑)

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